学長メッセージ

2021年度 卒業式 学長式辞

本日、学士の学位を取得し、卒業式を迎えられた皆様に、神戸海星女子学院大学の教職員を代表して、心からお祝いを申し上げます。ご卒業、おめでとうございます。入学以来の皆様の勉学の積み重ねが今日に繋がっていることは間違いありません。その間、後半2年間は、新型コロナウイルス感染症の影響で、授業・クラブその他の課外活動・就職活動・普段の生活などにおいて、計画していた、また思うような活動ができず、不自由な思いをしてこられたことでしょう。そのような状況にあっても努力を続けてこられたことに、敬意を表します。また、影となり日向となり、卒業生の皆様を励まし支えてこられたご家族の皆様には、この日を心待ちにしておられたことと存じます。皆様の本学の教育に対するご理解とこれまでの多大なご支援に心から感謝すると共に、お慶び申し上げます。

このような喜ばしい時期である一方、最近はテレビ・SNS・新聞等どのメディアを見ても、人間の欲が絡む辛いニュースであふれています。日々報道されるロシアのウクライナ侵攻は勢いを増し、多くの民間人の犠牲も報じられています。これは「私たちとは関係のない遠い国の話」ではありません。ロシアは地理的に日本の隣国、ウクライナはロシアを挟んでその西側に接する国です。そして今回の情勢により、当該国だけでなく、世界中の産業や日本に住む私たちの身近な生活にも様々な影響があります。

皆さんは4月からそれぞれ新しい社会に足を踏み出すのですが、今私たちが生きているのは、このような難しい、複雑な問題を抱える社会である、という現実があります。大きな期待と共に不安にも包まれていることでしょう。このような荒波への船出を前にした皆さんに、「大河の一滴」又は「大海の一滴」(A Drop in the Ocean) について、2つの視点でお話しをしたいと思います。一つは、作家 五木寛之の「大河の一滴」、そしてもう一つは、皆さんもご存じのマザー・テレサの「大海の一滴」の考え方です。どちらも一人の人間を「一滴の水」に例えています。

五木寛之は『大河の一滴』という随筆集で、一人の人は、小さな一滴の水の粒に過ぎないが、大きな水の流れを形作る一滴であると述べています。「存在するのは大河、私たちはそこを下っていく一滴の水」。いろいろな人、いろいろな一滴があり、それが地面に染み込み、他の一滴と一緒になって流れとなり、川になる。川になってしまえば、自分の存在など意味が無い、と思うかもしれませんが、皆がそう思うと川など存在もしません。川の水は周りを潤しながら流れていきます。清らかに澄んでいる時もあれば、濁っている時もあるでしょう。もしかすると濁っている時の方が多いかもしれません。川が澄んでいる時は、自分の大切にしているものを洗えばいい、川が濁っている時は、足を洗えばいい。何もかもどうでもいいと思うような時、心が萎えてしまう時にも、どこかに活路はあると信じて、ただ現状を嘆くのではなく、その状況でできることを考えよう、というのです。もし川の表面から蒸発してしまえば、またいつか雨となって地面に落ち、循環していきます。

さて、もう一人、「大海の一滴」の祈りを毎日捧げていたマザー・テレサは、インドのコルカタ(旧カルカッタ)で、貧しく身寄りのない人々に寄り添う活動をしていました。彼女たちの活動に対して、「(数え切れないほどの困った人がいるのに)一体そんなことをして何の意味があるのだ」と疑問をもつ人が少なからずいました。でも、そのような声に対し、マザー・テレサは、このように言いました。

「私たちのなすことは、大海の一滴にすぎません。しかし、私たちがしなければ、大海はその一滴分は少なくなっているのです。」

助けを必要とするたった一人の人に寄り添う行動は、大海の一滴に過ぎないかもしれませんが、それを自分たちがしなければ、その一滴分の寄り添いが足りないことになってしまう、ということです。

これまでにマザー・テレサについての本を読んだ、あるいは聞いた方は多いでしょう。本学のAO型入試で入学された方の中で入学前の課題レポートに「マザー・テレサのようなことはできない」と書いている方が、これまで何人もおられました。マザー・テレサがしてきた活動は誰にでもできる小さな人助けとはもちろん異なりますし、彼女が生きていた場所と私たちが生きている場所は決定的に異なります。でも、マザー・テレサも「自分にできること」を考え、「一人の人」に寄り添うことから始めました。また、家族や友人など「身近なひとりの人」を大切にしなさい、と説いていました。身近な一人の人を大切にするためには、その相手のことを知らなければなりませんし、自分自身のことを理解すること(自分に何ができるか又は何が足りないかを知ること)も必要です。そこから意識してみると、自分の置かれた場所で「自分にできる何か」を発見することができるのではないでしょうか。

最初に、今の世界情勢に触れました。世界すなわち大海に生きる私たちができることは何なのでしょうか。

  • 情報を入手する
  • なぜこのような事態になっているのか、背景を調べる、考える
  • 声を上げる(これは勇気や労力や正確な情報が必要でしょう)
  • 自分や目の前にいる人を大切にする

それだけ?と思っても、それが大河の一滴になると思います。一人ひとりの水滴の大きさや成分は異なるでしょう。それでもいいのです。皆さんは、石垣を眺めたことはありますか。いろんな大きさの石が積んであります。もちろん、同じ大きさのものを揃えられなかったから、ではありません。異なる大きさの石を使わないと、石垣は石垣としての役割を為さないのです。

卒業後のこれからの人生で、予期せぬ不運や困難に見舞われることもあるでしょう。努力しても報われないと感じることや、失望させられることもあるかもしれません。そのような時には、「大海の一滴」「大河の一滴」という言葉を思い出してみてください。五木寛之はこう言っています。「人は生きているだけですばらしい。」自分に与えられた仕事・役割を、日々、真心を込めて丁寧に行っていってください。

最後にもう一つ、小さな情報です。海星をラテン語で言うと、Stella Maris。これは8世紀頃から定着しているという聖母マリア様の愛称で、「海の星」という意味ですが、様々な言語で表記される途中で、“Stilla Maris”(海の雫)と訳された時代があったそうです。

卒業後の新たな生活の中でも、海星で学んだことを誇りとし、改めて自分を知り、少しずつ成長を続けていかれますように。そして教育や地域社会・国際社会などさまざまな場面で全力を尽くし活躍されますように。どうか皆様、お元気で。皆様お一人お一人が、おかれた場所で「大河の一滴」としてきらきらと輝かれることを心よりお祈りし、私の式辞とさせていただきます。

 2022年3月12日

神戸海星女子学院大学
学長 石原 敬子