学長メッセージ

2022年度 卒業式 学長式辞

本日卒業式を迎え、学士の学位を取得された皆様に、神戸海星女子学院大学の教職員を代表して、心からお祝いを申し上げます。ご卒業、おめでとうございます。また、影となり日向となり、卒業生の皆様を励まし支えてこられたご家族の皆様には、この日を心待ちにしておられたことと存じます。皆様の本学の教育に対するご理解とこれまでの多大なご支援に心から感謝いたしますと共に、お慶び申し上げます。

特に2020年の春、本格的なコロナ禍に入った当初は、ネット環境やオンライン授業の体制を一から作り上げなければならなかったため、皆さんも多大な不自由と不安を強いられました。丸3年経ってようやく日常が戻ってこようとしていますが、生活の変化や漠然とした不安感のある日々をよく乗り越えてこられたと、嬉しく思います。

この間のことで私の記憶に鮮明に刻まれていることの一つが、2020年度の秋学期、皆さんが2年次生の時の大学祭です。まずは大学祭を実施するかどうかを議論していた時に、皆さんの学年の代表の方々が中心となって「実施」に向けて動き出したのです。その背景にあったのは、学生同士の交流の機会となる行事やイベントがことごとく中止になったその年度の1年次生のために、何か思い出に残る交流の場を提供したいという強い思いでした。その年の大学祭は完全オンライン型で、約15台のパソコンを大教室に集め、zoomを駆使して、1年次生のゼミ対抗のゲームを行いました。そのアイデアと技術には目を見張るものがありました。思い通りにならない状況にあっても前向きに、人に対するやさしさをもって行動してこられたことに、敬意を表します。

さて、私たちの居るこの場所から少し遠くに視線をやると、12年前の今日、東日本大震災で被災し、未だ元の生活に戻ることができない人がたくさんおられることを今朝のニュースでも報じていました。そして先月のトルコ・シリア大地震。自然の猛威の前に人間は無力だと思い知らされます。さらにメディアには、人間の欲が絡む、互いを思いやることができないことで生じる残念なニュースが後を断ちません。最近報道されることがめっきり減ったロシアのウクライナ侵攻は未だ続いています。これは遠い国の話ではありません。世界中のそして日本に住む私たちの身近な生活にも様々な影響があることを身に沁みて感じておられることでしょう。

皆さんは4月からそれぞれ新しい社会に足を踏み出すのですが、今私たちが生きているのは、このような難しい、複雑な問題を抱える社会です。大きな期待と共に不安にも包まれていることでしょう。このような荒波への船出を前にした皆さんに今日お伝えしたいのは、「大河の一滴」又は「大海の一滴」についてです。2つの視点でお話しをしたいと思います。一つは、作家 五木寛之の「大河の一滴」、そしてもう一つは、皆さんもご存じのマザー・テレサの「大海の一滴」の祈りです。どちらも一人の人間を、また一人の人間の行動を大きな水の塊の中の「一滴の水」に例えています。

五木寛之は『大河の一滴』という随筆集で、一人の人は、小さな一滴の水の粒に過ぎないが、大きな水の流れを形作る一滴であると述べています。

いろいろな人、いろいろな一滴があり、それが地面に染み込み、他の一滴と一緒になって流れとなり、川になる。あなたが一部を成している川の水は周りを潤しながら流れていきます。清らかに澄んでいる時もあれば、荒れて濁っている時もあるでしょう。もしかすると濁っている時の方が多いかもしれません。川が澄んでいる時は、自分の大切にしているものを洗えばいい、川が濁っている時は、足を洗えばいい。何もかもどうでもいいと思うような時、心が萎えてしまう時にも、ただ現状を嘆くのではなく、どこかに活路はあると信じて、その状況でできることを考えよう、というのです。もし川の表面から蒸発してしまえば、またいつか雨となって地面に落ち、循環していきます。

さて、もう一人、「大海の一滴」の祈りを毎日捧げていたマザー・テレサは、教員をしていた時の出逢いがきっかけで、インドのコルカタで、貧しく身寄りのないたくさんの人々に寄り添う活動をするようになりました。彼女たちの活動に対して、「(数え切れないほどの困った人一人ひとりに寄り添うなんて)そんなことをして一体何の意味があるか」と疑問をもつ人が少なからずいました。でも、そのような声に対し、マザー・テレサは、このように言いました。

「私たちの為すことは、大海の一滴にすぎません。しかし、私たちがしなければ、大海はその一滴分は少なくなっているのです。」

助けを必要とするたった一人の人に寄り添う行動は、確かに大海の一滴ほどの微々たる行為に過ぎないかもしれません。でもそれを自分がしなければ、その一滴分、自分の仲間もやめてしまえばその人数分の寄り添いが不足することになってしまう、ということです。

マザー・テレサがしてきた活動は誰にでもできる小さな人助けとはもちろん異なりますし、彼女が生きていた場所と私たちが生きている場所は異なります。でも、マザー・テレサも「自分にできること」を考え、「一人の人」に寄り添うことから始めました。また、家族や友人など「身近なひとりの人」を大切にしなさい、と説いていました。身近な一人の人を大切にするためには、その相手のことを知らなければなりませんし、自分自身のことを理解すること、つまり自分に何ができるか・何が足りないかを知ることも必要です。そこから意識してみると、自分の置かれた場所で「自分にできる何か」を発見することができるのではないでしょうか。

具体的に何をしたらよいか分からないという時には、在学中に何度となく目標設定をし、振り返りをしていただいたKAISEIパーソナリティを思い出してみてください。

Kindness(思いやり)
Autonomy(自律)
Intelligence(知性)
Service(奉仕)
Ethics(倫理)
Internationality(国際性)

    大きく捉えると、
    ・努力をして自らを高めること(自律・知性)
    ・社会との関わりを理解し、積極的に関わること(倫理・国際性)
    ・相手目線で考え、行動すること(思いやり・奉仕)

    ここから派生するあなたの取り組みが大河の一滴になると思います。一人ひとりの水滴の大きさや成分は異なるでしょう。それでもいいのです。

    皆さんは、石垣を眺めたことはあるでしょうか。いろんな大きさの石が積んであります。もちろん、同じ大きさのものを揃えられなかったから、ではありません。大きい石を積んだ後の隙間を埋めることができるのは小さい石・・・異なる大きさの石を使わないと、石垣は強固な壁として役割を為さないのです。

    卒業後のこれからの人生にはワクワクするような喜び・楽しみがあるでしょう。一方で、予期せぬ困難や不運に見舞われることもあるでしょう。努力しても報われないと感じることや、失望させられることもあるかもしれません。そのような時には、「大海の一滴」「大河の一滴」という言葉を思い出してみてください。五木寛之はこう言っています。「人は生きているだけですばらしい。」まずは自分自身を大切にし、人との関わりの中で、時に人を頼りながら、自分に与えられた仕事・役割を、日々、真心を込めて丁寧に行ってください。

    海星で学んだことを誇りとし、改めて自分を知り、生涯成長を続けていかれますように。そして教育や地域社会・国際社会などさまざまな場面で、全力を尽くし活躍されますように。どうか皆様、お元気で。皆様お一人おひとりが、置かれた場所で「大河の一滴」としてきらきらと輝かれることを心よりお祈りし、私の式辞とさせていただきます。

     2023年3月11日

    神戸海星女子学院大学
    学長 石原 敬子